前作が1976年末だったので2年振りのアルバム。そろそろ忘れかけられていた頃。アルバムレビューでも注目盤のコーナーになるような事はないし、作品批評というよりはまあとりあえずホメトケという扱いに変りだしている。
この頃のマッカートニーは1976年には全米ツアーを成功させ、マル・オブ・キンタイヤーではシングルの記録を作り、ロッケストラなんていう大掛かりなセッションをやってみたり、カンボジア救済コンサートに出演したりとフロントラインを走っている。リッチーはアルバムは出すものの、売れ行きは全くさえない方向に向かう。レノンは−軽井沢に毎年来ているという話で万平ホテルの周りを自転車でうろうろした人なんかもいた。
そんな中で久しぶりに"Blow Away""Love comes to Everyone"というちょっとしたヒット曲が出たアルバム。タイトルに名前を冠するというビートルズ・ファンにとっては"ホワイト・アルバム"(同アルバムでは外された"ノット・ギルティ"をリメイクして収録)の趣向や"Here comes the moon"という10年前の"Here comes the sun"との関連を思わせる曲を収録。元ビートル達も漸くビートルズと距離を置いて接する事が出来るようになったのかもしれない。
1978年にテレビで放映されたラットルズのスペシャル番組。インタビュー役にこの人がハリスンの役をすればそっくりなのにと突っ込むとなんのことはない、本人だった。
英米のチャートよりも日本のラジオやFMのチャート番組の方がチャートアクションがありました。まあ逆に言えばおなじみのアーティストの曲の方がかかり易いということでもあるのだけど。
Foumula-1を歌ったFasterも印象的。日本ではちょっと盛り下がりかけていた、忘れかけられていたF-1。この後ジョージはしばしばパドックで見かけたとかそんなのニュースの方が増えて行く。
パンクは"NEW WAVE "という括りになる。必然的に以前のロックは"OLD WAVE "と呼ばれる。レコード店の中にはこの括りで仕分けしているところもあった。
レノンが表立った音楽活動を再開し、インタビューをこなしたためたまたま"I ME MINE"(ジョージの自伝)が話題に出ていた。が、結局ラストインタビュー*となり、ジョン・レノンとの関係はなんとも後味の悪い事になってしまった。実際、ジョンは気分を害してはいるけれど、今でもメンバーの事は好きだと繰り返しているんだけど。世間的に無定見なポール・マッカートニーバッシングには隠れていたけれど、本質的にはレノン本人からの批判だっただけにジョージ・ハリスンの落ち込みの方が−相当大きかっただろう。
本来なら"Double Fantasy"の後を追うように発売される予定。音楽誌の1980年12月号レコード店の広告にはブリテン島の前にジョージの顔のあるジャケットが並んでいた。しかし実際にはワーナーから数曲を差しかえを要求され、再びスタジオに入った後またレノンの事件は起こる。リッチーの為に書いた詩を書き直しマッカートニーのベースを加えて"All those years"が生まれる。
久しぶりに1位になるようなヒット曲が生まれた。プロモーション・ビデオも基本的にはビートル・イヤーの映像組み合わせたもの。
3人になっても有名だけど無名な、というと変な言い方だけど、ジョージの扱われ方はそんな雰囲気だった。
*マッカートニーついてはかなり詳細に語り結局ビートルズはレノン・マッカートニーだったと話す中でジョージに付いてはあまり話が出ないがとの質問をうけて :ジョージが色々人から受けた影響に付いて書いている本の中で、作詞を手伝ったり、演奏料の分け方にも配慮したし、あんだけいろいろ気を使ってやったオレの事はほんのちょっぴりしか書いてないのに、他のサックスプレイヤーに付いてはたっぷり書いてあって、とても気分を害した。
これというプロモーションも行わずに-いわゆるパブ記事も無ければインタビューの類も見かけなかった−あったかもしれないけれど。それでいて割と短い間隔でのリリース。忘れられたアルバム。レコード評にも扱われなくなっている。若しくはレコード紹介の所で投げやりで見当違いな好評価−とりあえず誉めて置こう−を受けている。
かなり明るい曲が多いし"wake up my love"は好きだったし、"Dream away"も馴染み易い曲。個人的には好きなアルバム。"33 & 1/3"よりも吹っ切れている。
ジャケット裏にはF-1のモーター・フォームが描かれているし、バーニー・エクレストンやらゴードン・マーレー(当時は2人ともブラバム)やらに捧げられていたり(門外漢にとっては中村良夫さんの文章で漸く誰だかわかる)と随分レースに夢中な様子が伺える。
マドンナの映画の話題やF-1位でしか話題の無かったジョージ・ハリスンがプリンス・トラストで久しぶりに久しぶりに演奏シーンを見せた。続くようなアルバムでの復活。カバー曲"Got my mind set on you"でヒットを飛ばし"When we was Fab"で見せる。ちょうどビデオ・クリップを見せる番組花盛りでちょっとした復活を印象づける。ジョージが中心に作ったアルバムというよりフューチャーされて作り上げられたアルバム。ジェフ・リンのジョージを活かすサポートが大きい。
しかしこのアルバムの頃は流石に現役という感じはなかった。ノスタルジーというほどでもないけれど。時代はポップソングが全盛でロックは健全音楽という範疇にはいり、ラップやHIP-HOPがなにやら先進性を請け負っていく事になる。
It was twenty years ago,today−と言うことでこの年はSGT PappersがCD化された。そのなかでのビートルの雰囲気があるジョージのアルバムの登場。良かったなぁという感想があちこちで聞かれた。まあこれだけだろうけど、と心の中では思いつつも。しかし案に相違してこのあと、Trveling Wilburys が登場し、日本に限ってはツアーまで行われる。